大阪高等裁判所 平成2年(ネ)2556号 判決 1991年9月30日
控訴人
日本ハウジングローン株式会社
右代表者代表取締役
河原昇
右法定代理人支配人
植月厚
右訴訟代理人弁護士
若林正伸
被控訴人
福田文男
被控訴人
株式会社福兆
右代表者代表取締役
福田文男
右二名訴訟代理人弁護士
矢野弦次郎
同
中東孝
同
大西淳二
主文
一 原判決を次のとおり変更する。
二 被控訴人らは、各自、控訴人に対し、別紙物件目録(一)記載の建物を明渡せ。
三 被控訴人らは、各自、控訴人に対し、平成二年一二月一日から右明渡ずみまで一か月二二万円の割合による金員を支払え。
四 控訴人のその余の請求を棄却する。
五 訴訟費用は、第一、二審とも被控訴人らの負担とする。
事実及び理由
一控訴の趣旨
1 原判決を取消す。
被控訴人らは、各自、控訴人に対し、別紙物件目録(一)記載の建物を明渡せ。
被控訴人らは、各自、控訴人に対し、平成元年五月二三日から右明渡ずみまで一か月二二万円の割合による金員を支払え。
2 訴訟費用は、第一、二審とも被控訴人らの負担とする。
二事案の概要
1 本件は、強制競売手続において建物を買受けた控訴人が、右建物の合体前の旧建物に短期賃借権より先順位の抵当権が存在していたことを理由に、同短期賃借権及び承諾ある転借権に基づいて右建物を占有している被控訴人らに対し、右競売手続により取得した所有権に基づいて、建物の明渡と所有権取得日以後の賃料相当損害金の支払を求めた事件である。
2 争いのない事実等
(一) 控訴人は、神戸地方裁判所尼崎支部昭和六二年(ヌ)第三六号不動産競売事件において、別紙物件目録(一)記載の建物(以下「本件建物」という。)を買受け、平成元年五月二三日に代金を納付してその所有権を取得した。
(二) 被控訴人福田は、昭和五六年一一月二六日、本件建物を当時の所有者であった小松遊亀(以下「小松」という。)から、期間を同年一二月一日から昭和五九年一一月三〇日まで、賃料を一か月二二万円の約定で、賃借し(以下「本件短期賃貸借契約」という。)、期間満了後、右契約は更新されて今日に至っている。
被控訴人株式会社福兆(以下「被控訴人福兆」という。)は、同六一年、小松の承諾を得て、被控訴人福田から本件建物を転借し、これを占有している。
(三) 本件建物は、別紙物件目録(二)の(1)、(2)記載の建物(以下「旧建物(一)、(二)」という。)の間の隔壁を除去してできたものである。
控訴人は、旧建物(一)について、小松との間で、昭和五五年九月五日、抵当権者を控訴人、債務者を小松、債権額を一八三〇万円とする抵当権の設定を受け、同日その旨の抵当権設定登記を経ていたが、本件建物については右抵当権につき設定登記を経由していない。
株式会社住宅総合センター(以下「住宅総合センター」という。)は、旧建物(二)について、小松との間で、昭和五六年一月一四日、抵当権者を住宅総合センター、債務者を小松、債権額を一八六〇万円とする抵当権の設定を受け、同日その旨の抵当権設定登記を経ていたが、(<書証番号略>)、本件建物について右抵当権につき設定登記を経由していない(<書証番号略>)。
(四) 本件建物の平成元年五月二三日当時の賃料相当損害金は、一か月二二万円である。
3 争点
控訴人は、次のとおり主張する。
(一) 小松と被控訴人福田間の本件短期賃貸借契約は、通謀虚偽表示によるものであるから無効である。
(二) 旧建物(一)が物理的に滅失したものでない限り、控訴人の抵当権は、旧建物(一)(二)に対する小松の所有権が消滅しないで本件建物に及ぶと同様に、当然に本件建物に及んで存続している。登記実務が、旧建物(一)、(二)について合体を登記原因として滅失登記をし、本件建物が合体により生じたとして、その表示登記、保存登記をする取扱いをしているのは、建物合体の場合の登記手続が規定されていないため、社会通念上物理的に建物が滅失した場合の登記方法を便宜借用しているにすぎず、右登記手続をとることから、控訴人の抵当権も消滅すると解するのは本末転倒である。
また、旧建物(一)、(二)は、いずれも小松が所有していたものであり、縦割連棟式建物の隣接した二戸で、床面積がほぼ等しく、その価値も相等しい。したがって、両建物には主従の関係がなく、本件建物は対等不動産の附合により生じたものであるから、民法二四四条、二四七条二項の類推適用があり、控訴人は、本件建物の価値の二分の一に対し抵当権を有することになる。
控訴人は、本件建物に抵当権設定登記を有していないが、被控訴人らは、旧建物を本件建物とする改造工事に関与しているから、登記の欠缺を主張できない背信的悪意者である。
以上の点は、住宅総合センターの抵当権についても同様である。
(三) 被控訴人福田は、本件建物に対する短期賃借権をもって、控訴人及び住宅総合センターの各抵当権、さらに競売手続により買受けた控訴人の所有権に対抗することができず、右短期賃借権は民事執行法五九条により消滅したものである。
三争点に対する判断
1 小松と被控訴人福田との間の本件短期賃貸借契約が通謀虚偽表示によるものかどうかについての認定判断は、原判決四枚目表七行目から同七枚目裏一行目の説示のとおりであるから、これを引用する。
2 控訴人及び住宅総合センターが本件建物について抵当権を有していたといえるかどうか、抵当権設定登記なくして被控訴人らに対抗できるかどうかについて、判断する。
(一) 証拠(<書証番号略>)によると、旧建物(一)、(二)は、それぞれ区分所有権の目的たる建物部分であり、いずれも小松が所有していたが、昭和六二年一一月二七日付で、同五六年月日不詳区分所有の消滅を登記原因として建物の滅失登記がなされ、同五六年月日不詳合体、増築を登記原因として本件建物の表示登記に続いて、住宅総合センターを債権者とする昭和六二年一二月三日神戸地方裁判所尼崎支部強制競売開始決定に基づく差押登記をするため、小松のための保存登記がなされたことが認められる。
そこで、右の保存登記がなされるに至った経過であるが、証拠(<書証番号略>、原審における被控訴人福田本人)によると、旧建物(一)、(二)は縦割連棟式建物の西端に隣接するそれぞれ独立した二戸の建物であったが、同五六年一一月二四日当時には、旧建物(一)、(二)の一、二階の隔壁及び三階の隔壁の南側半分が撤去され、その結果、一、二階は両建物を通してワンフロアーとなり、旧建物の一階にあったそれぞれの階段は両方とも撤去されて西端に階段が新設され、一階全部がスーパーマーケットの店舗として使用され、二階は、旧建物(二)の三階へ昇る階段を残して旧建物(一)の階段が撤去され、中央をカウンターで仕切って南半分を厨房、北半分を客席とし、二階全体が居酒屋として使用され、三階は住居として使用されていたが、右当時には営業は廃止され、三階も空室となっていたこと、被控訴人福田は、入居時の同五六年一二月初め、同六〇年一月、一〇月に右のような構造になっていた旧建物に改造、改装工事をし、旧建物の南側にあった勝手口をいずれも無くしてしまい、出入口は、旧建物(二)にはなく、旧建物(一)の北側に設置した一つだけであり、旧建物(一)、(二)の三階の隔壁はすべて撤去され、一階から二階へ通ずる階段は旧建物(一)に、二階から三階へ通ずる階段は旧建物(二)にある前記階段だけであり、一、二階は事務室に、三階を居住用に使用していること、しかし、このように旧建物(一)、(二)に加えられた構造上の変化が、対外的に顕在化したのは、旧建物(一)につき控訴人の、また旧建物(二)につき住宅総合センターの、それぞれ申立てにより抵当権の実行として進められた各競売手続における執行官の現況調査によってであったこと、そのため、両競売手続は、それぞれの建物が滅失した場合に準ずるものとして、取消されて終了したこと、以上の事実が認められる。
(二) 右に認定した事実によれば、それぞれ区分所有の目的たる建物部分で、対等の関係にあった旧建物(一)、(二)が合体して本件建物の構成部分となったものと認めるのが相当である。このように、いずれも小松の所有していた旧建物(一)、(二)が合体によって本件建物となった場合に、本件建物が小松の所有に帰すべきことはいうまでもないところである。ただ、旧建物(一)、(二)にそれぞれ別債権者のため抵当権が設定されている場合の合体によって、それらの抵当権が消滅すると解すべきいわれはなく、本件建物に移行して、少なくとも構成部分となった旧建物相当分につき存続するものと解するほかない。そのためには、同一所有者の所有物ではあるけれども、抵当権の制約が存する限度で、旧建物相当分につき持分を観念し、その上に存続すると解するのが相当である。もっとも、登記制度として、右を反映する登記手続が予定されていないけれども、そのことが右の実体に消長を及ぼすものではないというべきである。
(三) ところで、控訴人及び住宅総合センターが本件建物について抵当権設定登記を有していないことは、先に認定したとおりである。しかし、先に認定したとおり、控訴人及び住宅総合センターは、対等の関係にある区分所有の目的たる旧建物(一)、(二)が合体して本件建物となったことから、前記登記手続によって、旧建物(一)、(二)について有していた抵当権設定登記を失ったものということができる。一方、被控訴人福田は、昭和五六年一一月二六日、当時の所有者であった小松から、本件建物を賃借したといっても、賃借当時、旧建物(一)、(二)を本件建物に改造するための工事に関与するなど、旧建物(一)、(二)の合体により本件建物となったことを知っており、さらに、当時、旧建物(一)、(二)の滅失登記と本件建物の表示登記がいずれも未だなされておらず、旧建物(一)、(二)について控訴人及び住宅総合センターのために各抵当権設定登記のあることを知り得べき状況にあったものということができる。又、証拠(原審における被控訴人福田本人、弁論の全趣旨)によると、被控訴人福兆は、同福田の経営する個人会社の実体を有するものと認められ、同福田と同視しうる立場にあった。してみれば、控訴人及び住宅総合センターは、先に認定した理由により、本件建物のうち旧建物(一)、(二)に対応する共有持分について抵当権設定登記を失ったからといって、右登記のないことを信頼して新たに取引関係に入ったものとみることのできない被控訴人らに対しては、登記なくして対抗しうるものと解するのが相当である。
3 そこで、被控訴人福田の有する短期賃借権と控訴人及び住宅総合センターの有する各抵当権との効力関係について、検討する。
(一) 被控訴人福田は、昭和五六年一一月二六日、小松との間で、本件建物に期間を三年とする短期賃借権の設定を受け、被控訴人福兆は、昭和六一年ころ、小松の承諾を得て、同福田から本件建物を転借し、いずれも本件建物を占有していることについては、先に認定したとおりである。
(二) 一方、控訴人は、本件建物に被控訴人福田のために短期賃借権の設定がなされる以前の昭和五五年九月五日、小松から本件建物のうち旧建物(一)に対応する共有持分に移行したとみるべき旧建物(一)に抵当権の設定を受けたことについては、先に認定したとおりである。そして、先に認定した事実<書証番号略>によれば、控訴人は、昭和六二年一二月五日、住宅総合センターから強制競売の申立による差押登記のなされた本件建物を、同競売手続において、平成元年五月二三日に代金を納付してその所有権を取得したというものである。
これとは別に、住宅総合センターは、小松との間で被控訴人福田のために短期賃借権の設定がなされる以前の昭和五六年一月一四日、本件建物のうち旧建物(二)に対応する共有持分に移行したとみるべき旧建物(二)に抵当権の設定を受けたことについては、先に認定したとおりである。
(三) 以上の事実によれば、被控訴人福田は、本件建物について差押の効力が生じた後には、もはや、右短期賃貸借の期間満了による更新をもって、本件建物のうち旧建物(一)に対応する共有持分についての先順位の抵当権者である控訴人及び本件建物のうち旧建物(二)に対応する共有持分についての先順位の抵当権者である住宅総合センターに対抗できないという関係にあるとみるべきであるから、被控訴人福田の右短期賃借権は、平成二年一二月一日、賃貸期間の満了により、右両者の共有持分を合せた本件建物全部について、抵当権者である右両名に対する関係で終了したものということができるのであり、したがって、競売手続における本件建物の買受人である控訴人に対する関係でも終了したものということができる。
4 まとめ
先に認定したとおり、控訴人は、不動産競売手続において、本件建物を買受け、平成元年五月二三日に代金を納付して、その所有権を取得しているものであるから、買受人である控訴人に対抗できない短期賃借権に基づいて本件建物を占有しているに過ぎない被控訴人らに対し、本件建物の明渡請求権を有するものということができる。
本件建物の平成元年五月二三日当時の賃料相当損害金が一か月二二万円であることは、先に認定したとおりである。控訴人は、本件建物について、被控訴人福田の短期賃貸借が期間満了により終了した平成二年一二月一日以降、被控訴人らの占有によって右割合による賃料相当の損害を被っていることになるから、被控訴人らに対し、同日以降本件建物の明渡ずみまで一か月二二万円の割合による賃料相当損害金の支払請求権を有するというべきである。
四結論
以上の理由により、控訴人の本訴請求は右の限度で理由があるからこれを認容し、その余は失当であるからこれを棄却すべきものであるから、右と一部結論を異にする原判決は不当であるからこれを変更し、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官石田眞 裁判官福永政彦 裁判官山下郁夫)
別紙物件目録(一)
一棟の建物の表示
尼崎市尾浜町一丁目九〇番地の二、九〇番地の一三、九〇番地の一四、九〇番地の一五、九〇番地の一六、九〇番地の一
鉄骨造瓦葦三階建
一階 163.62平方メートル
二階 163.62平方メートル
三階 138.22平方メートル
専有部分の建物の表示
家屋番号 尾浜町一丁目九〇番二の三
鉄骨造瓦葦三階建居宅・店舗
一階 69.90平方メートル
二階 69.90平方メートル
三階 50.26平方メートル
別紙物件目録(二)
(1) 一棟の建物の表示
尼崎市尾浜町一丁目九〇番地の二、九〇番地の一三、九〇番地の一四、九〇番地の一五、九〇番地の一六、九〇番地の一
鉄骨造瓦葦三階建
一階 146.32平方メートル
二階 146.32平方メートル
三階 138.22平方メートル
専有部分の建物の表示
家屋番号 尾浜町一丁目九〇番二の三
鉄骨造瓦葦三階建居宅・店舗
一階ないし三階 各26.11平方メートル
(2) 一棟の建物の表示
尼崎市尾浜町一丁目九〇番地の二、九〇番地の一三、九〇番地の一四、九〇番地の一五、九〇番地の一六、九〇番地の一
鉄骨造瓦葦三階建
一階 146.32平方メートル
二階 146.32平方メートル
三階 138.22平方メートル
専有部分の建物の表示
家屋番号 尾浜町一丁目九〇番二の四
鉄骨造瓦葦三階建居宅・店舗
一階 26.73平方メートル
二階 26.73平方メートル
三階 24.15平方メートル